週日山行 金毘羅山(573m 三等三角点)翠薫山(577m 三角点無)京都市左京区静市静原町 投稿者:清水 友子

- 日程:2026年7月8日(水) 曇り
- 参加者:SK(L)MT(SL)TS GY ST(ブログ)
- 行程:中ノ江駐車場6:00ー寂光院駐車場8:30~8:45→翠黛山10:00→三壺神社10:37→金毘羅山10:50~11:20→金刀比羅山岩場付近→琴平新宮社11:50→江文神社12:25→寂光院駐車場14:00ー国道161号ー琵琶湖大橋ー彦根ICー関ヶ原出口ー中ノ江駐車場16:20
- 国土地理院地図2.5万図:大原
梅雨前線が日本列島に停滞し、6月中旬以降は雨の日が続いた為、山岳協会の山行も中止が相次いだ。この日の週日山行は降雨の心配がない予報だったので予定どおり実施された。金毘羅山は京都トレイルの北山東部コースの一部にある山である。Sリーダーは平日の高速道路は通勤ラッシュによる渋滞が予想されるため、国道を利用するルートを選択された。その判断が功を奏し渋滞に巻き込まれることなく寂光院駐車場に到着した。

いろいろな生理的な訳があり寂光院から金毘羅山に向かった。京都は盆地なので暑さを覚悟したが、曇り空のおかげで思ったほど蒸し暑くなく快適な登山となった。程なく寂光院の山門に着いた。この寺は平家滅亡の壇ノ浦の戦いで入水をした建礼門院が、源氏方に助けられて大原で出家し安徳天皇の菩提を弔いながら生涯を過ごしたお寺として知られている。

私は知らなかったが、このお寺は大原名産「しば漬け」発祥の寺としても有名である。昔、里人が建礼門院に茄子と赤紫蘇の漬物を献上したところ大変喜ばれ「しば漬け」と名付けられたという伝説がある。安徳天皇を亡くし悲しみは計り知れないが、里人の心遣いに支えられて穏やかな晩年を過ごされのではないかと思った。

登山口は寂光院を過ぎたすぐ先にある。野生動物の侵入を防ぐ金網の扉があり開けて登り尾根道に取り付くといきなりの急登が始まった。樹林帯は、風は通らず汗が滴り落ちた。所処分かりにくい所があるが翡黛山の方向を示す標識もあり尾根の分岐を右に巻くと斜面が緩やかになり標高577m翠黛山に到着した。


平家物語の「大原御幸」には建礼門院が翠黛山まで仏様にお供えする花を摘みに登られたと記されている。

翡黛山を後にして三壺神社を目指す。尾根は広く分かりにくい場所もあった。短いアップダウンを繰り返しなが進むと、次第に岩が目立つようになる。歩きながらMさんが昨年山協の仲間と金毘羅山岩場へロッククライミングきたと話されると、すかさずTさんが、今度は私にも声をかけてねと返し、山岳協会の超人二人の会話が面白く笑いが広がった。


Sリーダーからが岩場では三点支持を忘れずにとの指導があり慎重に登っていく。途中で水分補給をしながら進むと案内標識の先に鳥居が見え三壺神社に到着した。リーダーの説明によるとこの神社は雨乞い祈願が行われた神社だそうだ。

お参りをして歩きだすと前方に金毘羅山が姿を現わした。山頂手前の展望台からは、大原の町と比叡山の雄大な景色を望む事ができた小休止の後、金毘羅山の山頂に到着した。山頂は樹林に囲まれているが、展望もあり心地よい風が吹き抜ける。昼食を摂りながら途切れる事のない会話の花が咲いた。


下山前に時間があったのでクライミングで利用される岩場を見に行くことになった。
しかし残念ながら樹木が生い茂り岩場をみることはできなかった。
その後、分岐からは緩やかな尾根を下り歴史の古道をたどって琴平新宮社で参拝し更に江文神社まで下ってきた。そこからは大原の町を歩いて駐車場に戻った。寂光院からの登りは急坂の連続で大変だったが、このコースをを下りに使わなかったのは結果的に正解だと思った。 下山後、舗装路歩きは暑さが心配だったが曇り空で時折風も吹き快適な山行でした。




