久住山より急傾斜地を東へ高度で約100m、礫岩の浮石だらけの道を下ると途端に人が途絶えた。久住山、中岳、稲星山、南登山口の岐路に神明水分岐の道標が有った。当初は子供時代に登ったと思われる南登山道を下山路にして周回する予定であった。が「車の施錠」に確信が持てなくて往路を引き返すことにしていた。奥に見えるのは最高峰の中岳1791m。

東千里ヶ浜への道中で見た獣と思われる骨、早く対応しないと伊吹山のように裸山に?

東千里ヶ浜と奥に見えるのは白口岳1720mと思われる。この草原を北にひたすら詰めて白口岳の麓から谷沿いの道を北に下れば法華院温泉と坊ガツルである。

東千里ヶ浜から中岳を目指し70m斜上して高度を稼ぐと御池の避難小屋が有った。東千里ヶ浜では1人会っただけだったが此処から人が多くなって百名山で有ることを実感した。

避難小屋から北へ浮石の多い道を天狗ヶ城と中岳のコルを目指し御池を横目に通過した。池には帰りに寄る、青く周りの景色を映す池奥は星生山、右の高みが天狗ヶ城である。

目指す、九州本島最高峰の中岳が目の前で山頂に立つ人が確認出来た。だが直下の岩が疲れた老人の身体をもて遊ぶ、荒い息づかいで岩を一段、又一段数えて越えた。

九重山山群最高峰の中岳(三角点なし)山頂の北の景色である。大船山1786,1mが目の前に大きい。その背後左は平治岳1642,8m、最奥に霞んでいるのは由布岳と思われる。

中岳山頂から坊ガツル(中央の平原)を見下ろした。左が三俣山東峰1743m、坊ガツル奥は平治岳、最奥に霞んでいるのは由布岳と思われる。法華院温泉は山蔭で見えない。

振り返ると久住山と御池、その奥は星生山1762mである。久住への帰りの登山道が明瞭に白く導いている。火山特有の礫岩の浮石だらけで避けて歩くのに疲れるのだ。

中岳から下山し御池を南から半周し久住山へ引き返す。子供の頃の集団登山では全く予備知識が無く突然の青い池の出現に感動、畔で記念に皆でケルンを積んだのを覚えている。

池を半周し降りて来た中岳を振り返った。近くに見えるが歩きにくい道で結構気遣いが大変だった。捻挫や骨折をして新聞等で高齢登山者とネタにされてはたまらん。

帰りの久住山への道である。積まれたケルンの石の形状を見ると丸い石ばかり、浮石だらけの登山道が想像できよう。

正面は硫黄山である。集団登山では子供心に硫黄の臭いが強烈に印象として残っているがこの日は風向きのせいか感じなかった。

「久住分れ」の分岐道標。大半の登山者は久住山、中岳を往復し此処から「九住分れ」を経由して牧ノ戸登山口へ下りて行く、久住山頂でモデルを勤めてくれた外人女性は御池で私を抜くと此処から「九重分れ」へ下って行った。

赤川口に着くや車の確認をすると施錠はされておりホッとしたが困った老人病だ。楽しみにしていた赤川温泉はこの日休みだった。硫黄の臭いに未練を残し駐車地を後にした。完


