ふるさとの山紹介・九重山(NO-1) 2026.04.08

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【個人山行】久住山(1786,3mⅠ等△)中岳(1791m) 大分県竹田市久住町字久住 NT

 大宰府でK2での仲間達と尽きない別かれを済ますと故郷の大分へ移動した。実家から約50㎞の距離にある九重山は私の山登りの原点である。広い山裾、草原と緑の風、冷たい谷水、斜面を埋めえるミヤマキリシマ、山頂下の青い池、鼻を突く硫黄、黒い山並みと澄んだ空、キャンプファイヤーの楽しい思い出と共に九重山集団登山の記憶が今も鮮明に甦る。

<ルート図>
  • 日程:2026年4月8日(水) 天候:晴れ
  • 参加者:NT(単独)
  • 行程:赤川登山口7:48-久住山10:11-東草千里ヶ浜・御池避難小屋分岐10:41-中岳11:13~22-御池11:35-久住山・赤川分岐12:13-赤川登山口14:06
  • 地理院地図2.5万図:久住山

 観光登山者が多いと思われる牧ノ戸口を避けて赤川口にしたが立派なログハウス風のトイレに驚いた。駐車場は上下、2ヶ所で白線が引かれ40台以上の駐車が可能と思われた。

赤川温泉の硫黄の臭いが鼻をくすぐる。川を見るとなるほど川床が赤い、茶や錆色ではない。水に漬かっていない乾いた河原の石は赤くない、赤川の所以であろうか。

渡る橋の谷間にこれから登る久住山が見えた。高度差740mだがすごく高く感じた。

温泉の湧き出し口が登山道傍に有り興味が湧いて近付いたが周囲はぐちゃぐちゃでこれ以上は無理、かなりの勢いで湧き出していた。他にも湧き出し口が有るようで中継タンクが2ヶ所有った。温泉施設手前の看板には効能が長々書かれており帰りの入浴が楽しみだ。

今季は春の訪れが早く岐阜の山では薄手の手袋で用が足りていた。今日は指先の感覚がマヒするほど冷たい、九州の山でなんでや?見れば周囲に霜柱が、指が冷たいはずだ。

赤川上流の堰堤工事に使用された道をショートカットしたりしたが、いよいよ山道となった。いきなり溶岩石が折り重なった急登に戸惑ったが直ぐに歩きやすい道となった。

実は車のロックをしたのか記憶がなく不安に?引き返すのは大変なロス、貴重品は置いておらず南登山道への周回予定を往復に変えることで妥協した。この木階段が長く続くのだ。

最初の休憩中にふと周りに目が行き気付くとミヤマキリシマの花芽が膨らみ一輪開いたのを見つけた。今年は春が早いとはいえ、こんな所まで、開きかけた蕾と一輪に感動した。

見上げると久住の溶岩ドームが崩れて落ちて来ないかと思うほど不気味で威圧的である。ルートはドームを避けて右に回り込んでいる。

溶岩ドーム下を木階段が下り始めた、そして長いトラバースの始まり、ルートを外したかと疑ったが木階段が登り始めたので安心した。それにしても手間をかけた登山道である。

天を目指すのかと思うほど急な木階段だった。それでもよーく考えれば段差は20~30㎝、実に効率よく高度を稼ぐではないか5歩で1m、100歩で20m確実に稼げるのだ。

木階段が尽きると急傾斜地のゴーロ帯となって足場が遠く高くて高齢者には辛い所だった。高度を稼ぐ毎に岩場となって所々にロープが垂らされていた。下山が大変だなと思った。

南西に見えるのは阿蘇外輪山の根子岳と日ノ尾峠、高岳と思われるが間違っていたら御免、自信はない。此処から見ると阿蘇と九重の広大な裾野が繋がって見える。

オーバーハングが重なり合った溶岩ドームが落ちて来そうなほど不気味だ。御在所籐内壁の三段ハングを若い日に登ったが二度は行きたくない。その大ハングより遥かに大きい。

南に見えるのは傾山(左)と祖母山(右)おそらく大崩山は傾山と祖母山の主稜線と重なって見えていると思われた。三山ともルートの取り方によって素晴らしい山となる。傾山へ一緒に登った末の弟は当時高校生だったが随分遠い昔となり改めて年齢を悟るのだった。

傾斜が落ちて斜上する登山道は幾分歩きやすくなって稜線を歩いている人が見えた。今日はウイークデーだが「牧ノ戸登山口」からの登山者なのだろう。

山頂に着くと可愛い外人女性が目を引いた。他にも登山者はいたが目もくれない。写真はいいかと聞くと勿論即OK、只、彼女らには日本語が旨く通じず、こちらは英語がさっぱり、会話は長続きしなかった。正面の山は硫黄山、右は天狗ヶ城、奥は由布岳と思われる。

左から天狗ヶ城、中岳1791m(九州本島の最高峰)その背後は大船山1786,1m(ミヤマキリシマの群落で有名)その右は稲星山1774m(九重山のコケモモ群落で有名)

Ⅰ等三角点の有る久住山1786,3mは九重山群の主峰で有るが最高点は中岳1791mである。「九重山」とは山群の総称で主峰の「久住山」と長く使い分けられていた。これは御嶽や乗鞍、白山でも同様だ。しかし、阿蘇との国立公園化に際してもめにもめ、ひらがなの「くじゅう連山」で何とか落ち着いた。しかし、他の学会等は山群の総称として今でも九重山を使用している。本レポートでも子供の頃から馴染みのある九重山を使用した。

上写真は久住山山頂から見た中岳1791m(中央左、九州本島最高峰)その右奥は大船山1786,1m、手前は立中山1404m、立中山へ続く草原は東千里ヶ浜と呼ばれる。これから、その草原へ下り中岳、御池へ周回し九州の屋根を紹介しよう。NO-2へ続く