お花見+週日山行・如来ヶ岳・眉山 2026.03.24

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【週日山行】如来ヶ岳(275.9mⅠ等△) 眉山(231.1mⅢ等△) 岐阜市粟野 NT

 3月の週日山行を岐阜市粟野の市民公園周辺、如来ヶ岳と眉山で行った。天候に恵まれ4月後半を思わせるほど暖かい1日を過ごした。早春の妖精の観賞と踏み跡薄い道に戸惑った低山の報告である。

<ルート図>
  • 日程:2026年3月24日(火)  天候:晴れ
  • 参加者:L.NT、AM、OS、KM、ST、TS、HY、MH
  • 行程:
    如来ヶ岳:市民公園駐車地8:58-登山口9:06-如来ヶ岳10:11-県道176号11:15-市民公園駐車地11:27-カタクリ観賞&ランチ11:34~12:30
    眉山:駐車地12:34-眉山13:36-ドコモ中継道路ゲート14:13-駐車地14:33
  • 地理院地図2.5万図:岐阜北部

 開き始めた市民公園の桜を横目に先ずは如来ヶ岳山頂を目指す、登山口まで民家の路地を進むとモクレンやコブシが満開で畑の道脇にも菜の花やタンポポが咲き誇っていた。

民家脇の登山口から3分ほどで秋葉神社の祠が有った。一瞬、神社の参道なの?如来への道は?不安になったが祠の後ろを確認すると踏み跡が尾根上に続いた。

尾根に上がりきると道は小さなアップダウンを何度か繰り返した。道は明瞭で道迷いの心配は全く感じない、トラロープも設置されていた。

初めて如来ヶ岳を登ったのは、この尾根の東の谷、八幡神社からのコースだったが上部でシダが覆う不明瞭な踏み跡を登った記憶がある。此処にも現れたがシダの多い山のようだ。

本日は市民公園でランチタイム後に眉山の登山予定である。背後の眉山の写真を撮りたいのだがカシやソヨゴ等の常緑樹の多い山で周囲の景色を隠していた。

標高220mで鉄塔に出ると視界を得ることが出来た。南に次に登る眉山、その背後に金華山の天守が覗いていた。西を見ると伊吹山の東面が谷に僅かに雪を残した姿で、東には御嶽山が春霞に邪魔をされながら微かに見えていた。展望が得られたのは唯一此処だけだった。

山頂下に有った済法寺跡地の看板。済法寺は貞観3年(861)に開山された天台宗の寺で山頂付近に有ったが保元年間(1156~1158)に現代の粟野西に移転した。本尊の十一面観音菩薩立像は鎌倉後期の作で岐阜県の重要文化財に指定されているようだ。

岐阜県に17点しか存在しないⅠ等三角点の1ツ(点名・檜峠)、一辺18㎝の大きな石柱を囲んだ。本日はこの後に公園でカタクリのお花見ともう一山、眉山登山の計画があるので10分の休憩を済ますと下山にかかった。

下山は一旦標高220mまで引き返し谷沿いにつけられた鉄塔巡視路を西に向かって下った。ところがこれが大変な悪路で谷水に流された急傾斜の道は木階段が流され足場が悪く倒木も有ってルート取りに気を遣った。不覚にも肝心な写真撮影を忘れるほどひどかった。

県道176号に降り立つとホッとした。車道をのんびり歩いて駐車地へ戻るとカタクリ観賞とランチタイムの為に畜産センターへ移動した。登り終えた如来ヶ岳が青空にくっきり。

ランチ前に公園内のカタクリの花見をした。鉄柵はイノシシによる食害防止のようだ。園内には他に椿やバラ、ササユリ、ショウブ等季節ごとにお花見が楽しめるようになっていた。

花の妖精とか里山の妖精に例えられるカタクリ。食用おひたしにすると美味しいようだ。

ランチタイムは園内の楠の大木傍のベンチで過した。これから登る眉山が目の前に聳えている。左の尾根を登るのだが傾斜が強い。全員登れるかなー少し不安だ。

実は理事会提出計画では公園駐車地東の尾根末端から南進し眉山山頂へ至るルートを提案した。計画の尾根はヤブが濃く不適ではと指摘を受け事前に下調べした。尾根のヤブに問題はないがその時に眉山直下の峠から麓の鉄塔へ下る巡視路を見つけた。週日参加者の体力を考慮すれば短ルートが賢明と判断した。駐車地と鉄塔下の先に進入路を確認し帰垣した。

鉄塔の先が竹山になっているのは当日に確認していたがこれほど荒れた道とは思っていなかった。峠の鉄塔への巡視路でありソコソコは通行が確保されていると思っていたのだが。

竹のジャングルから解放されると落ち葉に埋もれた斜面のトラバース道が峠まで続いた。

標高100mから200mにかけて岩場になっているのは先日の試登で承知していた。本日の核心部で有る。最悪を考え8㎜×20mロープとシュリンゲ・カラビナは準備していた。

駐車地でリタイアが出るかも?と思ったが皆様やる気満々、老いたとはいえ「昔取った杵柄」誇り高い。息づかいは荒いが順調に登って頼もしくロープは使用しなかった。

岩場を終えても急登が続いた。下山は岩を避けて東の斜面を下り北へ回り込む予定で先日確認済みだが長いシュリンゲくらいは使用せねばならないかもと思っていた。

山頂台地に上がると傾斜が落ちて南東に向きを変えて続いた尾根の先に高みが有った。左の疎林越しに通信施設を見て小枝を分けて進み3mほどの斜面を登り切ると眉山231,1m山頂だった。祠が有って硬貨が供えられていた。点名・岩崎Ⅲ等△標石柱を囲んで万歳をした。

眉山山頂は前方後円墳の円墳丘部だった。岐阜市教育委員会の説明書きは汚れて読み辛いが鎧塚古墳と読めた。奈良文化財研究所の資料によれば4世紀後半(古墳時代)築造、江戸時代末に鎧が出土したが埋め戻したと伝わる。1973年前方部から土器が出土している。

 下山はドコモ通信施設専用道路を使って南の岩崎方面へ下ることになった。竹藪の通過が懲りたようで敬遠された。春の芽吹きを見つけながら早い春の訪れを話題に広い林道状の地道を車を気にせずブラブラ下るのも楽しいものだ。岩崎から椿洞へ至る道は東海自然歩道となっており民家の庭先の赤や黄色の花々の名を言い当てた。山際の水路沿いの道では小魚の泳ぎを見つけ水の温みに気付かされた。春の陽射しを背に駐車地へ向かった45分のウオーキングは実に充実していた。完